研究最前線

消費者の利益を増進するために 法は何をできるか

窪 幸治(プロフィール

関心のシフト

もともと、対等な人々の生活関係(取引、所有、被害弁償、家族等)を規律する民法の中でも、契約ルールを専門として研究してきた流れで、消費者取引における問題にも取り組んできました。たとえば、事業者と消費者の間の格差を考慮して、対等性を実質的に回復しようとする消費者契約法について、適切な法解釈(読み方)や立法の内容について検討しています。 この2年ほどは、東北初の適格消費者団体(事業者の不適切な勧誘行為や一方的に事業者に有利な内容の契約条項につき、裁判を起こしてやめさせる権限を有する)を目指す消費者団体の活動に参加し、弁護士や消費者相談員の方と一緒に、生の消費者問題解決を考える機会を得て、消費者法への関心が増しています。抽象的な立論を、どう現実の事態に使うためにはどうしたらよいか、四苦八苦しているところです。

生の問題から

たとえば、実際に消費者団体に寄せられた相談をきっかけに、インターネットショッピングモールの運営者は、取引環境の安全性を確立する義務を負うのか、ということを研究しています。法律の理屈では、ショッピングモール(Amazonや楽天等)は単に取引の場を提供するだけで、取引の当事者ではありませんので、原則として、取引トラブルに関して責任を認めないとする考え方が有力です(経産省「電子商取引及び情報財取引等に関する準則」(平成28年6月))が、利用者からすれば、モールを信頼して取引に入るのに、まったく責任がないとされるのはおかしいわけで、少なからずショップの選定、苦情処理体制の構築等につき責任を有すると考えるべきように思われます。 そこで、現在のアイデアとしては、ある行為をコントロールできる立場にあり、かつ、そこから利益を受けている場合には、その行為による損害につき賠償する責任が生ずるとの考え方(民法715条の使用者責任、自賠法3条の運行供用者責任、著作権侵害にかかるカラオケ法理などに見られる)を参考にして、取引システム設計を行い、販売業者からの報酬、利用者の個人データ取得等の利益を享受しているモール運営者に、一定の責任を認められるとする理屈付けを考えているところです。

消費者法の必要性

ところで、消費者法を整えようとする考えに対しては、消費者が権利ばかり主張することで取引コストがかかり、経済の活力が失われる、といった強い批判があります。しかし、生産物・サービスの消費を安全(安心)に行う環境の整備を行うことは、購買力を強化し、経済活性化につながります(外国では、消費者法整備・強化の目的に位置づける国もあります)。 また、不良な事業者が不当な収益を上げて、まじめに商売する事業者が競争に負けて、市場から追い出される結果を防ぐこともできます。消費者庁による2015年の消費者被害・トラブルの推計額は約6.1兆円にのぼり、実にGDP(国内総生産)の約1.1%を占める程であり、消費者法整備による健全な競争確保は日本経済にとってプラスと言っていいでしょう。 もちろん、コスト面への配慮は必要です。先ほどのモール運営者の責任に関しても、免責を認めた方が、安価にサービス提供を受けられ、消費者の利益につながるとの指摘に対しては、偶々不良な事業者と取引した利用者が損害を負担する状況は健全とは到底言えませんから、コストを考えた上での民事ルール上で利害調整を追求した方がよいと言えます。

消費者市民社会実現へ向けて

現在、消費者が自らの消費行動等を通じて「公正かつ持続可能な社会の形成に積極的に参画する」消費者市民社会(消費者教育推進法2条2項)の実現が求められています。エシカルな消費を通じた環境・労働問題の改善、公正な社会の実現といった大きな話の中に、消費者法により当事者間での不当な収益の取り戻し、公正な市場を維持することも含まれると考えられ、微力ながら、今後とも新たに生ずる問題に対応できる法解釈、立法を不断に追い求めていくことで、寄与していきたいと考えています。

(2017年3月)

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