研究最前線
「選択」のための人間らしい経済学
「経済学」にどんなイメージを持っていますか?
「経済学」と聞くと、景気や最近の注目企業など、経済に関する時事問題を説明する学問だと思うかもしれません。もちろん、それは一部当たっていますが、現代の経済学は、それよりずっと広い範囲をカバーし、個人や企業・組織の「やる気」(インセンティブと言います)や「選択」を研究するものになっています。経済学の一部で、私が専門とする意思決定理論やゲーム理論はまさにそのような分野を研究対象としています。
人は合理的とは限らない(意思決定理論・行動経済学)
伝統的な経済学では、人間は、合理的、つまり首尾一貫した「選択」を行うと仮定することで、経済における取引のしくみを明らかにしています(アダム・スミスの「神の見えざる手」に代表される、需要曲線・供給曲線による分析はまさにこのような発想によるものです)。一方で、現実の人間は合理的であろうとしながら、そうなり切れない面もあります。たとえば、明日になったら夏休みの宿題をしようと思っているのに、明日になったらさらに次の日に先延ばししてしまい、結局何もしないまま最終日を迎えたことがある人は多いかもしれません。経済が、このような(心理学的効果の影響を受ける)生身の人間によって営まれたときに何が起こるのか、あるいはどうあるべきか、を考えるのが「行動経済学」という分野ですが、私の専門分野である意思決定理論は、行動経済学の基礎となる人間の「選択」を分析するものです。
人生は「駆け引き」の連続(ゲーム理論)
人生は「駆け引き」の連続です。入試や就職活動にも駆け引きの要素がありますし、部活動でも仕事でも、地域や社会における活動でも、政治でも、他の人と「競争」したり、うまく「協力」したりながらより良い成果を出していくことは一種の「駆け引き」だと言えるでしょう。このような駆け引きの要素がある場合の「選択」を分析するのがゲーム理論です。「囚人のジレンマ」という言葉を聞いたことがある人もいるかもしれませんが、これはゲーム理論が扱う最も有名なゲームであり、法学、政治学・行政学、経営学、社会学、環境科学など、総合政策学部で学ぶほとんど全ての分野に関連しています(だから私は「ゲーム理論は総合政策学部の裏テーマだ」といつも言っています)。
論理的な思考を身につけられるのが経済学の魅力
あなたは「論理的な思考や説明をできる人」になりたいですか?と聞かれれば、おそらく、ほとんどの人が「はい」と答えると思います。それでは、「論理的な思考」を行うためには何が必要なのでしょうか?それは、「何となく」で終わらせず、物事が正確に「なぜ」「どのように」起きているか考える・記述することだと思います。実は、そのための最も優れた道具(の一つ)が数学なのです。
経済学ではグラフや数式を使って分析を行うことが多いですが、これらは、これまで述べてきたような人間の行動を記述するための「言葉」です。経済学特有の数学は大学で学びますが、我々が中学・高校で学んできた数学は、実は、貯金や利益が増えた・減った、ある選択を行ったら嬉しい・嬉しくない、というような「生身の人間」の気持ちを表すための言葉だったのだと思うと少し印象が変わるかもしれません。私の研究は、そういう「生身の人間」の姿を経済学を使って浮き彫りにすることを目指しています。
(2022年4月)