研究最前線
現在バイアスがマクロ経済に与える影響
時間割引率とは
「現在バイアス」とは「時間割引率」に関する人間の心理の癖です。時間割引率は経済学の専門用語ですが、これがどういうものかをまず説明します。図の問1に答えてみてください。

どちらを選ぶかは個人の好みですが、Aを選ぶ人が多いのではないでしょうか。この選択を経済学では次のように解釈します。AとBでお金をもらえる時点が異なりますから時点をそろえましょう。するとBの「1週間後に10500円」もらえる喜びを現在時点の喜びで考えると、10000円未満の価値しかないように感じられ、Aの「今すぐに10000円」もらえる喜びのほうが魅力的に思えAを選んだのだということです。
このように将来の喜びは現在時点で考えると少し割り引いて小さく感じられます。どのくらいの割合で割り引くかが「時間割引率」という概念です。時間割引率が高い人は将来の喜びを大きく割り引く、裏返すと現在の喜びをより重視するせっかちな人といえます。逆に時間割引率が低い人は将来の喜びをより重視する忍耐強い人といえます。
現在バイアスとは
従来の経済学では時間割引率は一定であるとしていましたが、場面によって時間割引率が変わる人が一定数いることがアンケート調査等により明らかとなっています。例えば図の問2に答えてみてください。

先の問1と金額や選択肢どうしの差(1週間多く待てば500円多くもらえる)は同じです。よって、論理的に考えると、問1でAを選んだ人は、今回はCを選ぶはずですが、Dを選ぶ人がいます。つまり、1年後か1年と1週間後か、といった遠い将来の選択なら忍耐強い(時間割引率が低い)のに、今すぐか1週間後か、といった目先の選択ならせっかちになる(時間割引率が高い)ということです。このような人間の心理の癖を「現在バイアス」とよびます。
現在バイアスをもつ人は、忍耐強い計画を立てていてもそれを実行するときになるとせっかちになってしまいます。目先の喜びは前倒しに、将来の喜びは先延ばしにしてしまいます。このような癖により、「ダイエットしようと思っていたが食べ過ぎた」や、「テスト勉強しようと思っていたが遊んでしまった」というような日常生活でよくある行動が説明できます(それぞれ何が「目先の喜び」「将来の喜び」に当たるかは各自で考えてみてください)。
個人の癖がマクロ経済に与える影響
これまで説明してきた、個人の癖である「現在バイアス」が経済全体(マクロ経済)にどのような影響を与えるのかが私の研究テーマです。現在取り組んでいる具体的なテーマとして、「公的年金制度」に関する研究があります。
現在バイアスをもつ人々は、将来のために貯蓄しようと思っていてもついついお金を使いすぎて貯蓄が十分にできないことになります。これが積み重なると、老後のための貯蓄が十分にできず、老後をむかえて生活資金に困ってしまう人々が続出するおそれがあります。また、我々の貯蓄は企業の設備投資(工場の新設など)の源となっているため、現在貯蓄が十分になされないと企業活動にも悪影響を及ぼすおそれがあります。
公的年金制度は、少子高齢化が進む日本において、「払い損」などといったように、マイナスにとらえられがちですが、自力では貯蓄が十分にできない、現在バイアスをもつ人にとっては、政府が強制的に老後のための貯蓄をしてくれる有益な制度なのかもしれません。では具体的にどういった場合に公的年金制度は有益になりえるのか、研究を進めています。
(2026年5月)
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