研究最前線
消費者の日常生活における価値に基づくマーケティング研究
市場の先にある「生活世界」を対象とするマーケティング

従来のマーケティングは市場取引、すなわち製品やサービスの交換に焦点を当ててきました。しかし実際の人々の生活では、消費者は市場だけに依存しているわけではなく、日常生活の中で大小さまざまな課題を解決しています。その方法は、自身の知識や能力による場合もあれば、家族や友人・知人と協力して解決する場合もあります。また、企業が提供する製品やサービスを利用して解決を図ることもあります。つまり、消費者にとって価値は市場取引によって企業から提供されるものではなく、生活世界の中で自ら創り出すものと考えられます。
このように、消費者が製品やサービスを利用して自ら創造する価値は「利用価値(使用価値)」と呼ばれます。利用価値に注目することで、企業は消費者が本当に価値を認識する体験やサービスを理解できるようになります。
生活世界へのアプローチが示す「利用価値」と「交換価値」のギャップ
この考え方に基づき、私の研究では、生活世界の価値共創の成果を、企業が得る仕組みとして「Pay What You Want(PWYW)」に注目して研究を進めております。PWYWは、消費者自身が製品やサービスの価値を評価し、自分が支払いたい金額を支払う方式です。実際に水族館を事例として、来館者が館内施設を見学・体験した後に入館料を自分で決める形を取り入れました。
来館者には、展示されている生き物を観察する方もいれば、子供の成長を感じる常連のご家族の方、特定の生き物を目的に推し活として来館する方など、来館者によって様々な体験を通じて価値を創造しています。しかしながら、通常はどの来館者も同じ金額の入館料を支払っています。これは市場取引に基づく「交換価値」によって、企業が料金設定を行うからです。

水族館でPWYWを導入し、「利用価値」に基づき、来館者に支払い金額を決めていただいた結果、支払い価格は様々でした。水族館が設定している通常料金を上回る支払い金額も多く見られました。また、満足度が低かった来館者は、料金を自ら調整できるため、不満の軽減につながる可能性が示されました。重要なことは、消費者が認識する価値は人によって異なり、その「利用価値」が支払い金額に一定程度反映されたことが確認できた点です。
一方で、支払いには前後の購買行動の影響や同行者の影響、所持金の影響などもあり、単純に体験の価値だけを反映させることの難しさも明らかになりました。企業は消費者の日常生活における価値の創造を支援し、支払い価格へのさまざまな影響を踏まえて、支援の成果を金銭的に獲得しなければなりません。
新たなマーケティングの視座―生活世界から得る企業の成果―
この研究から、消費者の生活世界における利用価値を理解し、それに基づいて価格やサービスを柔軟に設計することが、市場中心のマーケティングでは見逃されてきた新しい可能性を生むと考えられます。市場を通じた交換だけではなく、消費者の日常生活における価値の創造を支援し、それに応じた企業側の成果としての対価を得る仕組みを考えることが、今後のマーケティングにおいて重要と考えております。
(2026年5月)
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