研究最前線

奇妙な確率論の研究 〜ありえない世界を論理空間上に創造する〜

村木 尚文(プロフィール

奇妙な幾何学のはなし

私の研究について触れる前に、ひとつ、みなさんが馴染みやすいかもしれない事例として、幾何学における事例を見てみます。幾何学とは、図形と空間の性質を研究する学問です。それは、紀元前にユークリッドという学者が幾何学を学問体系としてまとめあげたため、ユークリッド幾何学とも呼ばれています。学校数学で学ぶ常識的な幾何学の正式名称がユークリッド幾何学なのです。ところが、数学や物理の歴史においては有名な事実なのですが、19世紀になり、ユークリッド幾何学とは相入れない奇妙な幾何学(非ユークリッド幾何学;双曲幾何学;ロバチェフスキー幾何学)が発見されました。(ザクッというと、この非ユークリッド幾何学は曲がった空間を記述しているのです。)

ここで、非ユークリッド幾何学の奇妙さの一端を例示しましょう。それは、三角形の内角の和に関する性質です。常識的なユークリッド幾何学においては「三角形の内角の和はちょうど180度である。」が成り立ちます。これに対し、奇妙な幾何学である非ユークリッド幾何学(双曲幾何学)においては「三角形の内角の和は180度未満である。」が成立してしまうのです。この幾何学が如何に奇妙なものであるのか感じられるでしょう。

奇妙な確率論のはなし

正規分布と逆正弦分布(逆正弦分布は、言わば単調確率論での「正規分布」である。)

さて、話を幾何学から確率論へ戻しましょう。私の研究(非可換確率論)について、幾何学と比べながら説明します。確率論とは、偶然現象のなかに潜む規則性について明らかにする学問です。確率論に関していえば、現在、学校で学ぶ常識的な確率論は、20世紀になって、コルモゴロフというひとがその基盤を整理し、まとめあげたものです。ユークリッド幾何学という言い方をまねると、学校で学ぶ常識的な確率論は、コルモゴロフ確率論とでも言えるものなのです。

ところで、ちょうど、幾何学の世界において、奇妙な幾何学が19世紀に発見されたことと似ているのですが、確率論の世界においても、普通ではない奇妙な確率論が20世紀末(1980年代)に発見されました。発見者は、ヴォイクレスクです。いわば非コルモゴロフ確率論なのですが、正式名称を自由確率論といいます。私は、ヴォイクレスクによる自由確率論の発見に触発されて、奇妙な確率論は他にももっと存在するのではないかと考え、試行錯誤の結果、2000年前後に新たなる新種の確率論を発見しました(単調確率論と名付けました)。

数学研究の醍醐味

単調確率論での「2項分布」相当物
(マトリョーシカっぽい。)

学校で学ぶ常識的な確率論(コルモゴロフ確率論)においては、正規分布と呼ばれる曲線(釣鐘あるいは富士山の形です。)が理論全体の要となります。ところが、奇妙なことに、私の発見した単調確率論においては、逆正弦分布と呼ばれる曲線(角が2本あります。)が理論全体の要となるのです。(ちなみに、ヴォイクレスクの自由確率論においては、ウィグナー半円分布と呼ばれる曲線が理論全体の要となっています。)

このようなこと(相異なる確率論をパラレルに構築できること)があり得るとは、我ながら不思議に思います。奇妙な幾何学の場合は、曲がった空間という革新的な考え方と結びついていましたが、奇妙な確率論も、量子論的な世界観(ここではこの言葉を説明する余裕はありません。)という革新的な考え方と、実は、結びついています。このように、想像力(空想力;創造力)を駆使することにより、驚きに満ちた世界を見聞できることが、数学研究の醍醐味です。

(2026年5月)

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